なぜ手術室を一つ空けたら効率が上がったのか?~組織に余裕(スラック)が必要な理由~ | 医療特化型の研修・組織開発ならアクリート・ワークス

なぜ手術室を一つ空けたら効率が上がったのか?~組織に余裕(スラック)が必要な理由~

トランジション

 

 

今日は「組織に、なぜ余裕(スラック)が必要なのか?」というテーマについて考えてみたいと思います。

 

 

注)スラックとは、ロープの「たるみ」のこと。組織スラックは、組織が内部に持つ「余裕資源」(人、時間、資金など)を意味します。

 

 

組織にとってスラックが重要である理由を大きく2つに分けて整理してみましょう。

 

 

1、新しい何かを創りだすために

 

 

まず第一に、スラックは組織に新しい何かを産みだすために必要です。

 

 

例えば医療機関の幹部クラスに余裕がなく現場の火消しで追われていると、組織の“外”に足が向かなくなります。

 

 

学会や勉強会などにも参加しにくくなり、人的ネットワークも広がりません。組織として、重要な情報を獲得する能力が弱まります。

 

 

また、組織に十分なスラックがない状態では、「組織は新しい取り組みよりも、ルーチーン業務を優先的に処理する」という「計画におけるグレシャムの法則」が作用します。

 

 

例えば、せっかく院外セミナーを受講して新しい手法を学び、自組織へ導入したいと思ったとしても、現場が多忙を極めていれば、それを実行に移すことにはかなりのエネルギーを必要とします。

 

 

私たちにとって、スラックは「無駄」ではなく、新しい知恵や行動をもたらす「リソース」なのです。

 

 

ですから、まったくスラックがない状況であれば、「何を実行するか」を考える前に、まずは「何をやめるか」について考えるところからスタートしてみてもよいかもしれません。

 

 

2、「想定外」の事態から「予定」を守るために

 

 

スケジュールがパンパンになっている時に、「事件」が勃発するとそれに対応するためにその後の予定がすべて狂ってしまい、再調整に多くの時間を割かなければなりません。

 

 

少しスケジュールに余裕を持たせておけば、何か起きたとしてもその影響を最小限に食い止めることができます。

 

 

組織においても、「想定外」のことをうまく吸収し、「予定」を守るために、スラックは必要なのです。

 

 

行動経済学者のセンディル・ムッライナタンとエルダー・シャフィールは、著書「いつも『時間』がないあなたに‐欠乏の行動経済学‐」の中で、セント・ジョンズ地域医療センターの事例を紹介しています(少し前にすでにバズっているネタなので知っている方も多いと思いますが・・・・)。

 

 


 

ミズーリ州にある救急病院、セント・ジョンズ地域医療センターは、手術室の問題を抱えていた。三二の手術室で年間三万件あまりの外科手術が行われていて、その予定を組むのが難しくなっている。手術室はつねに予約でいっぱいなのだ。二〇〇二年、この病院の手術室はフル回転だった。そのため急患が出ると‐そして急患は全仕事量の二〇パーセントを占めるのが通例だ‐病院はずっと前から予定していた手術を動かさざるをえない。「その結果、病院スタッフは午前二時に手術を行い、医師は二時間の手術をするために数時間待つこともしばしばで、スタッフはしょっちゅう予定外の残業をしている」

 

「いつも『時間』がないあなたに‐欠乏の行動経済学‐」 センディル・ムッライナタン&エルダー・シャフィール(著)、太田直子(訳)

ハヤカワノンフィクション文庫より引用


 

 

緊急手術によって、すでに予定されていた手術が後回しにされることで、残業時間の増加や、スタッフの疲弊、手術時間の延長などを引き起こし、オペ室全体の効率性を落としていたのです。

 

 

これに対して、この病院は「手術室を緊急専用としてひとつ空けておく」という決断をします。

 

 

その結果、ポジティブな変化が産まれます。スラックに「想定外」を吸収させることで、もともとの手術スケジュールが影響を受けにくくなったのです。

 

 


ひとつの手術室を緊急手術専用にすると、病院が受け入れられる手術は五.一パーセント増えた。午後三時以降に行われる手術の件数は四五パーセント減少し、収入は増えた。試行期間わずか一カ月で、病院はこの変更を正式採用している。それから二年間、病院の手術件数は毎年七~十一パーセント増加した。

 

 

「いつも『時間』がないあなたに‐欠乏の行動経済学‐」より引用


 

 

このように、一見無駄と思えるようなスラックの存在が、かえって全体の効率を高めることもあるのです。

 

 

※ちなみに、麻酔科の友人から、この事例は手術室が30以上ある病院のものであり、手術室数が少ない病院が多い日本ではうまくいかないだろうと指摘されました。

 

 

 

「スラックの欠乏」→「応急処置」→「意図せぬ副作用」による悪循環とそこからの抜け出し方

 

 

ちなみに、この病院が陥っていたようなパターンを、「システム思考」という問題解決アプローチでは、「応急処置の失敗」と呼びます(下図)。

 

 

 

トランジション

 

 

これは「問題の症状に対する応急処置によって一時的に状況が改善されるものの、中長期的には問題が再発したり、かえって悪化したりするなど、“意図しない副作用”をもたらす」というもので、スラックが欠乏している状況下では生じやすいパターンだと思われます。

 

 

医療機関でも、このパターンは多いですよね!?(笑)。

 

 

この構造が厄介なのは、応急処置による副作用が、最初に問題があった場所とは『時間的』にも『空間的』にも離れたところに現れることが多いという点です。

 

 

そのため、心理的に余裕がなく視野狭窄に陥っていると、自分の打ち手が組織に悪影響を及ぼしているということに中々気付くことができないのです。

 

 

この状態から抜け出すヒントは、一歩立ち止まること、そして状況を「時間軸」「空間軸」を広げて理解することです。

 

 

例えば、部門横断で現状を共有するためのワークショップをするのも良い施策です。良い対話が出来れば、自部門の取った行動が、他の部門にどのような影響を及ぼしているかなど、全体のつながりが見えてきます。

 

 

現状を俯瞰的に理解することができれば、本当に取り組むべき課題が見えてきます。どこにスラックが必要かも見えやすくなります。応急処置が必要になったとしても、それがどんな副作用を起こしうるか知っておくことは落ち着きをもたらしてくれるのです。

 

 

守屋文貴

 

 

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    医師、株式会社アクリート・ワークス代表パートナー
    医療機関を対象としたマネジメントスキル研修を実施している。

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